『炎路を行く者』 上橋菜穂子著 感想 

上橋菜穂子さんの代表的シリーズ『精霊の守り人』『旅人』シリーズの外伝的作品が文庫にて登場いたしました。


本編のスピンオフということで、中編と短編が一本ずつ。ヒュウゴの少年時代と、バルサのこれも少女時代のお話となっています。

ヒュウゴ(シリーズ本編について未読な人もいるでしょうから、彼については『旅人』シリーズの主人公・チャグムとも後に絡んでくる人物の一人とだけ記しておきます)は、南の大陸のユゴ皇国に生まれます。彼の父は「神の盾」と呼ばれる皇帝直属の近衛兵で周囲の尊敬を集める腕利きの武人でした。そんな誇り高い父と優しい母、小さな妹。少年時代のヒュウゴはそんな家族にも恵まれ、何不自由なく暮らしていたのですが、南方の巨大な帝国・タルシュ帝国の膨張によってその運命を狂わされます。
タルシュは、かつてのヨゴ皇国の属国を戦争で打ち負かした後、彼の祖国ヨゴとの戦争状態に突入します。幾多の国を併呑してきたタルシュは戦争に圧倒的な強さを見せ、ヨゴの戦況は刻々と悪くなります。そして、ついには「神の盾」は家族を下町に避難させ悲壮な最終決戦にうってでます。

が、実力差は甚だしく、故国はついに滅ぼされてしまいます。

ヒュウゴの父親は帝を守って戦死、一緒に避難していた家族は彼の目の前で占領軍に惨殺されてしまいます。半死半生の身でかろうじて命を救われた彼は、故国の下町で毎日の生活がやっとの暮らしを始めます。高位の軍人の息子だった彼からすれば、そんな毎日は本当は縁遠い生活であり、最初はそのことに馴染めないものを感じていましたが、徐々にその暮らしに馴染んでいきます。しかし、とある事件を契機に、彼は自分の暮らしや生活に疑問を抱き始め、周囲もそんな彼を普通の少年としては扱ってくれなくなり始めます。

戦争でリセットされた筈の武士階級としての身分は別として、下町の小さな世界を自分の足場として生活を固めていくには、彼の精神はいい意味でも悪い意味でも器が違っていたのです。かくして、彼は様々な経緯を経て、彼の父を殺し国を滅ぼしたタルシュの軍人となっていくのでした。

このあたり、外伝的作品ではあるのですけれど、これだけで十分一冊のビルディング小説のようです。キャラクターの掘り下げや物語のダイナミズムという点では、外伝なだけにやや薄いですが、それでも十分に楽しめる作品になっています。

少年が自分の成長と周囲の環境のギャップに悩み、己が何ものか悩み、大人になり世界を見たときにこの世界が本当はどうなっているのか少し理解してそこに挑もうとさらに広い世界を感じて旅立つ中にまた新しいドラマがある。

『守り人』『旅人』シリーズが素晴らしいのは、こうした幾つもの国、当然架空の国なわけですが、それらの国ごとにきちんとした文化があり歴史があり政治があり、それらが重層的に絡み合って物語を形作っているというところにもあるのでしょうね。ファンタジー小説だけに、こちらの世界とは別の法則の別の世界も絡んでくるのですが、それと同時にこうしたその世界での現実世界の確かさの構築があるのでしょう。

ふと、また時間の余裕があるときに全編読み直してみようと思う一冊でした。

 

精霊の守り人 (新潮文庫)

精霊の守り人 (新潮文庫)

 

 

炎路を行く者: 守り人作品集 (新潮文庫)

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